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【社長BLOG】日本におけるICO規制について私の思うこと

GEMSEE 社員BLOG

2018.11.12
【社長BLOG】日本におけるICO規制について私の思うこと

 11/1(木)に金融庁主催の「仮想通貨交換業等に関する研究会」(第8回)が開催された。同研究会はこれまで主に取引所ビジネスに関する論点を扱ってきたが、今回はICOに係る論点の整理が主題であった。事務局が用意した資料はWeb上に公開されている。(金融庁:「仮想通貨交換業等に関する研究会」(第8回)議事次第

 ICOに関しては昨年から今年にかけて様々な動きがあり、対応方針も国によってバラバラな状況であるため、現時点において正解と言える取り扱いは存在しないという前提のもと、どのような課題があり、どのような整理が望ましいかを考えてみたいと思う。

ICOの曖昧さに感じる違和感

 公開されている討議資料(資料2・3:事務局作成)を読み解く限り、“ICOは規制されるべきもの”という認識が根底にあるように感じられた。しかし、そもそもICOとは何かを定義することなく、どう規制すべきかを先に議論するのは順序が逆ではないか。規制しようとしている行為を正確に定義することなく、どう制限するかについての議論を進めるのは本末転倒である。

 実際に広くICOと呼ばれている資金調達手段を検討している事業者が知りたいことは、「資金決済法や金商法の適用を受けずに、自社で完結が可能な資金調達手段」であり、「どのような条件をクリアすれば、後から指摘を受けずに合法的に事業資金を調達できるか」である。

 ICOは資金調達の手段の1つであって目的ではない。実際のところICOを検討している事業者は、そこまでICOに拘っているわけではない。この2点はこれまで引き受けてきたICOコンサルティングを通じて肌で感じている。事業者はこれまでの伝統的なファイナンスではクリアできなかった課題に対する解決策としてICOに期待を寄せているのだと私は考えている。当社も代替手段の提供の必要性を感じており、CapitalBaseでは資金調達は事業成長の手段と整理し、ICOだけでなく様々な方法を模索している。

第三のICOの可能性

 実質的に有価証券と同等の機能を有するトークンは、金商法を適用して規制すれば良いと思う。同様に、仮想通貨の要件を満たすものは資金決済法で規制すればよい。

 現状問題なのは、そのどちらにも該当しない商品を設計しても、法的な根拠が乏しい状態で差し止めを受ける可能性が高く、事業者の創意工夫が著しく制限されていることにあると感じている。法律というルールの中で新しいスキームを提案しても、認められずにイノベーションの芽が摘まれるのが、日本と海外の事業環境の差だと実感している。

 有価証券投資に分類されるICOは「STO(Securities Token Offering)」として金商法の適用を前提にし、仮想通貨に分類されるICOは資金決済法を適用し、これらに並ぶ第三のICOとして、どちらの要件も満たさないデジタルデータの販売を通じた調達手段があって良いのではないか。イメージとしては購入型クラウドファンディングの拡張・派生である。

「一般に株式は会社の所有権を示し、債券(債権)は請求権を示しますが、トークンは何を示しているのでしょうか?」

 と私は以前の記事(【社長BLOG】設立一周年を迎えて~これまでの歩みと今後の抱負)で問題提起をしている。仮にトークン=「発行体が将来提供予定のサービス・ネットワークに対する参加・利用券または予約・会員権」と定義すると、伝統的な投資手法は会社に対する権利を行使できるのに対して、ICOの対価であるトークンは対象が「会社」ではなく、「サービス(プロジェクト)」に留まっている点が大きな違いと言える。

 ICOは、昨年・一昨年と猛威を振るった影響で「投資(投機)」という側面が強調されているが、前述のデジタルデータの販売形式を採用して「将来のサービス・役務の提供に関する売買契約」と整理し、ICOに期待されている事業開発資金の調達に貢献できないかと考えている。これは金商法にも資金決済法にも該当しない、第三のICOの1つの方向性である。

 このように記載すると「潜脱か!」という指摘を受けそうな気もするが、当然ながらそのような意図は無い。現状のICOは過度な期待によって、実態以上に評価され、価格が乱高下する状態が続いているが、このような状況が長続きすることはなく、市場環境は徐々に落ち着きを取り戻すものと考えている。

トークン価格の根拠について

 株式は会社の所有権を示し、収益分配が期待でき、現在・未来の業績によって価格が変化する。債券(債権)は発行体の信用リスクと金利情勢をパラメーターに利率が決められ、市況に応じて価格が上下する。ではトークンは本来、何を根拠に価格が変動すべきだろうか?前述の「発行体が将来提供予定のサービス・ネットワークに対する参加・利用券または予約・会員権」という前提を置いた場合、「トークン価格=享受できるサービス価値」と一致するはずだ。供給量が制限されている場合は、需給が逼迫し上記にプレミアム分が転嫁される。トークンの時価総額=エコシステム(経済圏)の規模、と概ね一致すると思われる。

 トークンを発行する主体が営利法人の場合、上記トークンは将来得るべき売上の先払いをトークン購入者(投資家)から受けていると言える。よってサービス・役務の提供が必須であるし、提供されない場合の売買契約の解除(払戻含む)に関して定義する必要がある。現状散見されるICOの多くは法的な構成が弱く、ホワイトペーパに記載されたプロジェクトの失敗に対して、失敗条件の定義・検証方法を含め購入者との合意が不十分であり、何ら保証がないことが多い。プロジェクト失敗の場合、実際の執行可能性は議論の余地があるが、売買契約に基づく請求権・解除権を有している分、フェアではないかと思う。

 前述のとおりトークン購入者の購入動機は主に「サービス利用」が目的であり、株式の出資者と異なり発行体の収益に応じた配分が得られるわけではないので、それぞれ自身が負ったリスクに応じた効果が得られるべきである。商品が「会社なのか、サービスなのか」の違いはあるが株式投資とICOは似ている。会社という器を評価するか、器の中身を評価するのかの違いであり、器の権利を買うか、中身の利用券を購入するかの違いである。

 これまで株式投資としてプロがしてきた判断領域に、サービスの購入という形で一般人が参加したのがICOであり、問題の本質は自身が何を購入しているかを正しく理解せず、安易な期待値を背景とした行動だと思う。プロジェクト初期段階においてトークン価格の妥当性を評価することは困難だが、サービスの実態が存在しない段階で価格が数十倍にも変動するのは異常であり、トークン本来の価値とかけ離れた相場が形成されていると言える。

本当に保護が必要なもの

 ICOのあるべき論を語る際に頻繁に「投資家保護」という命題が掲げられる。現状のICOはご存知の通り「投機」であり、価格はトークンの利用価値を反映したものではないことが多い。前述のとおり、異常な相場形成の本質は盲目的な投機家による過剰なアクションだと私は考えている。

 異論は色々あるかと思うが、私は“投機家のキャピタルゲイン”は本当に保護すべき法益かどうかを問いたいと思う。現状の仕組みは発行体・投資家どちらにも課題があるのは確かだが、異常な相場を形成しているのは間違いなく、投機家の欲望である。

 仮想通貨という流通形態とブロックチェーンという技術によってラッピングされることによって、自身が購入しようとしているものが何か正しく理解できないまま、期待値だけを背景に購入され続けてきたのがこれまでのICOトークンだと思う。「ブロックチェーン」という革新的な技術をベースとしたプロジェクトによって発行された、「仮想通貨」という新たなアセットに目が眩んだと言えばそれだけだが、それが世界中で同時多発的に発生したことが更に期待値を加速させることに繋がった。

 発行側の宣伝や煽りの存在は否定できないが、そもそも買い手がいなければ数百億もの金額は調達できない。どこまでいっても自分が購入したものが何かを正しく理解できない投機家の存在が一番の問題だと思う。この論点に対して正面から対応するのではなく、発行側に対して過度な行為規制を設けようとする方針に違和感を覚えており、冒頭の問題提起に繋がっている。

 詐欺や意図的な情報操作などは許されるべきではないし、ICOが健全な発展を目指すうえで必ず是正されるべきである。一案としてプロセスに第三者を関与させることが牽制になることは間違いないが、これを必須にしてしまうと事業会社による調達機会を奪ってしまうことにもなるし、第三者が既得権益化する可能性も存在するので、メリット・デメリットを踏まえながらどちらも選択可能な状態が望ましいと思う。

 不確実性リスクを取りたくないユーザーは、プロジェクトが成功し「発行体が将来提供予定のサービス・ネットワークに対する参加・利用券または予約・会員権」が将来提供予定ではなく、即時利用可能な状態まで待ってから市場を通じて購入すれば良いだけであり、無理に初期段階で購入する必要性はない。

 また、選択権が自身にある自由な意思決定の結果について保証することは、モラルハザードに繋がると考える。本来、自己責任でロールバック不能な結果について、投資家保護・利用者保護の名のもと、介入が発生するリスクを軽視してはいけない。価格変動リスクも発行体の信用リスクも購入者が当然に負うべきリスクであり、諸々のリスクを承知して購入した投機家を保護することは、何度でもやり直しの効くギャンブルと同じで、一般に数十倍になる可能性のある投資というのは当然ゼロになる可能性も相当に存在するものであり、それすら理解せず目隠しのまま飛び込むのは自殺行為以外の何物でもない。

 取引は当事者の合意によって成立するもので、どのようなデジタルデータが販売されるかは当事者間で合意されればよく、購入後の情報提供・フォローアップも規制で一律に縛るのではなく、当事者で合意すればよい。個別判断ができない購入者は、第三者が関与するプラットフォームを通じて取引することで、最低限のチェック、購入条件の統一が実現できるはずなのでそちらを利用すればよいと思う。

 いずれにしてもICOへの参加には今後も一定レベルの判断力が必要であることは否めないので、投資アクセスの平等を確保するより、適合性の原則から買い手をスクリーニングすることが必要ではないかと思う。安易な流動性提供が原因であれば、プロダクトが完成するまではプライベートチェーンで発行された流動性の低い譲渡制限付トークンを発行し、プロダクト完成時に流動性確保が容易なパブリックチェーンに移行し、その時点の需給に応じて取引所での扱いを検討すれば良い。この場合、トークンは初期においては「モノ」として取扱われ、プロダクト完成後は仮想通貨として取扱われる可能性がある。

 現状、投機家はトークン自体の利用価値を評価せず、流動性の有無を判断基準にすることが多いので、上記のような段階的なアプローチはICOの健全化にとっては良い試みだと思われる。(そもそもトークンが利用できるサービスが提供される前に過度な流動性は不要なので)当然、キャピタルゲインの期待値が下がるため調達金額の縮小が予測されるが、個人的にはそれで構わないと思う。昨今のICOはプロジェクト推進に必要な額を超えた過度な調達が目につくので、売買契約に基づく請求権・解除権があれば、調達側にも自重が生まれ、不必要な調達の抑止になると考える。

今後の期待

 直近のICO事例を見ると、投資家側が慎重な対応を取るケースが多く、有力なプロジェクト以外は目標金額達成が難しい案件が多い。2018年初までとは大きな変化であり、短期的には市場は混乱すると思われるが、中長期で考えれば必要な反動だと思う。ICOがオルタナティブな資金調達手法として生き残るかどうかは、今後の業界関係者の活動にかかっている。

 我々もプラットフォーマーとして健全な市場環境の形成に尽力していきたいと考えている。そのためにも、ICO規制に関わる議論の論点が正しく設定されることが重要であり、事業者の手足を縛るような不透明な状況は改善されるべきであり、金融規制に属さない新たな形の模索も必要だと感じている。

 社内ではこのような問題意識を共有しつつ解決策を協議している。ICOのような新しい事業領域においては明確な答えは存在しないので、適切な課題設定と解決に向けたアプローチが出来れば、誰にでも新しいスキームを生み出すチャンスが存在する。それがこの分野の面白さであり、やりがいではないかと考えている。